2019年10月~2020年の一年間、西鉄グループ&福岡移住計画が運営するスペース「HOOD天神」のWEBメディアに連載をしていました。
ワークスペースという枠を超え、イベントや学びを通じてさまざまな人たちが集まる「HOOD天神」。
この場所を通じて出会った、生き生きと活動している人たちの
「日々の習慣」にスポットを当てた内容になっています。
Vol.5
~ちいさな島の、大きな希望をのせて…~
株式会社 バーズプランニング 松尾聡子 さん
陽の光も柔らかくなり、ほとんどの木々の枝から色がなくなる冬。
くすんだトーンで彩られた景色に、ぱっと目がさめるのような華やぎを与えてくれる花、椿。
日本を代表する花の一つとしても有名です。
実はおとなり佐賀県・唐津市に、はるか日本書紀の時代から「椿の島」と呼ばれる島があることをご存知ですか?天然のヤブツバキが今でも自然の力に任せて育っている、とても神秘的な島「加唐島」で。その加唐島の椿から、ひとりの女性がコスメを作りました。
その女性が今回取材する バーズプランニング 松尾聡子さん(以下、アッコさん)です。
唐津市呼子町出身のアッコさん。グラフィックデザイナーとしての枠を超え、彼女が生み出したTBK®︎というコスメは、化粧品としての評価もさることながら、“地域資源を美容に生かす”という社会的な視点・活動そのものが複数の賞を受賞。国内外から高い関心が寄せられています。
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地域の可能性をどんどん広げていく彼女。
どうして彼女の作り出すものは、こんなにも人の興味を引くのでしょうか。
そのヒントをもらうべく、お話を伺ってきました。
1.その場所に足を運んで、同じ時を一緒に過ごす。
普段はグラフィックデザイナーとしての仕事を手掛けるアッコさん。さまざまな広告物や商品パッケージ、販促物を制作しています。以前は広告代理店など、多くの人が間に入る仕事もしていましたが、今は取引先と直接繋がり、戦略的な企画提案からデザインの制作まで、全て自ら行っています。
何故なら、相手が抱いている想いに直接触れることが出来るから。
デザイナーの仕事としては、情報を整理して制作物に落とし込む必要があるのですが、その段階でアッコさんが大切にしているのは「出来る限り現地に足を運んで、彼らと同じ時を共有する」こと。
果物を作っている人なら、畑に行く。どんな景色を見て、どんなにおいの中で、どんな音を聴いてものを作っているのか・・・土を触ったり、香りを嗅いだり・・・
制作の途中で煮詰まったら、またひとりで出かけて行くこともよくあるそうです。
一日を通し、聞くだけではなく体験としてとらえることで、表現の幅が広がる。
「同じ釜の飯を食べて…じゃないですけど、同じ空気の中にいることで、感じ取れる何かがあるんですよね。他にないものとか、大事にしていることとか」
なぜ人はデザイナーに仕事を頼むのでしょうか。
「彼らは形として表現できないから私に頼むわけでしょう。目に見えないもの、言葉にできないことを、多くの人たちに届くようにするのが私の役目ですから」
取引先自身も気づいていない魅力を掘り起こし、デザインの力で羽ばたかせる。
アッコさん流の新しい価値の見出し方が、わかったような気がしました。
2.やるんだったら命を懸ける
アッコさんはグラフィックを中心としたデザイナーでしたが、ある時、こう思います。
「地域を丸ごとデザインしたい」
そこで生まれたのが、加唐島のツバキ油をふんだんに使用したTBK®︎コスメシリーズです。
メイクも落ちる石鹸「TSUBAKI SAVON」を皮切りに、マッサージやヘアケアにも最適なオイル、目元、口元を潤し、肌を柔らかくしてくれるバーム、肌をみずみずしく保つローションと、今やラインナップも増えています。
なぜ、コスメを開発に至ったのでしょうか。
アッコさんは自分で会社を興してから数年は、必死でした。会社が潰れそうになるくらい大変な時期もあったそうです。でも、先に書いたように、真摯に向き合ってくれる姿に多くの方が信頼を寄せ、少しずつグラフィックデザインの収入も安定してきました。
そこで思い立ったのが「もっと大きなことをせんと!」ということ。
この発想がアッコさんらしいのですが、その“大きなこと”とは“自分のための仕事ではなく、多く人のための仕事をすること”=“地域を丸ごとデザインしたい”ということでした。
「地域に住んでいる人たちが、直接手応えを感じられるようなことをしたい。」
自分の生まれた場所、唐津のものを使ってそういうことができないか…
探していたときに出会ったのが「加唐島のツバキ油」でした。
「加唐島のツバキ油を選んだのは “生産に島のほとんどの人が関わる” ものだったから」
このツバキ油は島の人々が手をかけて作り上げたもの。搾油、ろ過まで全て手作業、コールドプレス(非加熱圧搾製法)でじっくり時間をかけて作られ、オレイン酸、ビタミンEが豊富に含まれた品質の高いものです。
“コスメという形で椿油に新しい価値を与え、その良さを多くの人が知り、消費量が増えれば、島の人たちの収入も増える”
そんなシンプルな成功イメージがアッコさんの中ではっきりと描けていました。
とにかくまずは話を聞いてもらいたいと、島に渡ったアッコさん。しかし、現実は厳しく、そこで島の人から返ってきた言葉は…
「帰りんしゃい」という思いもしなかった言葉でした。
椿はたくさん自生している。でも、大量に搾油するには労働力が圧倒的に足りていなかったのです。
「自生しているとはいえ、うっそうとした森のように草が生えます。草刈りは重労働。木になった実は長い竿で一つ一つ、人の手で収穫をする。でも島の労働力の65%は65歳以上の方。体力的にもすごくきつい作業なんです。“誰がその作業をやるとね?”と言われました。」
そこでアッコさんが言い放った言葉。
「私が、人を連れてきます!だからツバキ油を分けてください!」
アッコさんは所属している商工会の青年部の仲間に自分の考えていることを話し、加唐島のために動いてくれないかと持ちかけました。話に賛同した仲間たちはもちろん協力してくれました。
「仲間に恵まれているなあ、と心底思いました」
何度もなんども島に足を運び、ようやく島の人の協力を得られることになりました。そして、試作品を作る段階でも、アッコさんは本気を見せます。椿の実150kgを、全て買い取ったのです。しかも、他の人よりも高値で。
もちろん、そこには成功のイメージがあったからではありますが、何より
「島の人の椿にかける想いや、今ある問題を考えると、中途半端な気持ちで取り組むわけにはいかなかったんですよ。今までグラフィックデザインで稼いだものを全てつぎ込む覚悟でした」
やるんだったら命を懸けるつもりで。
もちろん、品質にもとことんこだわりました。
石鹸 “TSUBAKI SAVON” は原材料のトップに “ツバキ油” がくるよう高配合。開発にはかなりの時間を要しましたが、そうすることで、なんとメイクも落ちる、洗い上がりもさっぱりという魅力的な商品が出来上がったのです。
開発した年の2017年に行われたジャパンメイドビューティーアワードではその品質と活動が評価され、優秀賞を受賞。今や海外までその評判は伝わっています。
国内外で活躍するメイクアップアーティストの方も愛用していて、その魅力はプロの目線からもさらに多くの人に伝わっているようです。
初めは厳しい態度で接していた島の人たち。そのわけは「今までは、自分たちが頑張って搾油したものが結局何になっとるのか分からんかったけん、虚しかった」からだそうです。
TBK®︎が生まれたことで加唐島の存在とツバキ油の価値が多くの人に伝わり、単価も上げることができました。興味をもって島に訪れる人も増えたそうです。
また使っている人の顔が見えると感想がダイレクトに伝わるので、島の人のやる気にもつながります。
「島の人たちが “あんたのおかげでみんな頑張ってツバキ油採りようとよ” “地元にこういう人がいてよかった”って言ってくれるんですよ。地元の人が、誇りを取り戻したことが一番嬉しかったです」と、アッコさん。
想いが強いぶんだけ、強い変化を生み出すのかな、と思いました。
3.光と影、どちらも愛する。
ここまで聴くと、さぞかし地元愛に溢れた人なんだろうなあ~と思いきや…地方出身の方、特に反抗期が激しかった方は共感する部分があると思いますが…
「何してもすぐバレるし目立つし、親もうるさいし、好かんかった!」そうです。
いつしか“変わった子”という目で見られていると感じ、そんな地元が嫌で嫌で仕方なかったアッコさんは15歳の時、デザインを学ぶため高校入学と同時に地元を飛び出します。
専門学校は福岡、就職は名古屋へと、地元から離れた生活を続けていました。
就職した会社ではスピードとセンスと閃きと正確さと…多くのスキルを求められました。
今だったらブラック企業かパワハラかと言われるくらいの作業量や厳しい指導も。あまりの重圧にくじけそうになった時も一度や二度ではありません。
そんな中でも、目標を曲げないように、気持ちを保ってくれた言葉がありました。
それは、あんなに嫌っていた地元の、父親の言葉でした。
「できない理由を、環境のせいにするな」
アッコさんのお父さんはお酒が大好き。家に人を呼んで騒ぐのも大好き。中学時代、受験勉強をしていたアッコさんは「お父さんのせいで勉強できない!!」と大げんかをしたことがあります。その時に言われた言葉です。(受験生の立場から言わせると、当然の主張ではありますが…)
でもその言葉には、漁師として自然を相手に仕事をするお父さまならではの重みがありました。
辛くなったらその言葉を思い出し「ある程度ものになるまで絶対に帰らない」という覚悟を支えてくれました。
そして2010年、呼子に帰ってきたアッコさん。そこで目にしたものは…
「幼い頃は人で賑わっていた朝市通りが、人も歩いてなかったんですよ」
今まで培ってきたデザインの力で、この地元を何とかしたい。自然とそう思えるようになりました。実は、加唐島のツバキ油の存在を教えてくれたのも、お父さまです。
TBK®︎の開発がきっかけで、2018年には「若い経営者の主張大会」佐賀大会、九州大会を経て全国大会に出場。そこで語った内容が多くの人の興味をひき、講演会に呼ばれることも多くなりました。地域を活性化させるためのワークショップにも参加し、だんだんと、グラフィックの枠を超え、地域を丸ごとデザインする機会も増えています。
地元・唐津には思春期の苦い思い出もあるし、現在は廃れてしまっているという欠点もある。
でも、唐津くんちを始め呼子のイカや段々畑の絶景、何より加唐島のツバキ油という、誇りを持てる宝物がある。
光と影を両方愛することで見えてきたもの…それはアッコさんのこの言葉に現れているような気がしました。
「小さな島の大きな“希望”をのせているんです。TBK®︎は」
可能性を見出し、信じること。
目まぐるしく変化する世の中を生きていく中で、この言葉はとても心に響きました。